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~地域とともに生きる~
わかやま新報2011年8月4日掲載

被災地支援から戻って ③
麦の郷 紀の川・岩出生活支援センター 浦口郁子

 6月19日から6月25日の1週間、福島県南相馬市の被災地支援に行かせていただきました。福島原発から25kmの南相馬市原町区にあるNPO法人さぽーとセンターぴあ ぴーなっつ(生活介護・生活訓練等事業所)を拠点に支援者の寝泊りもそこで受け入れていただいて、きょうされんの全国の各支部から集まった人たちが入れ替わりながら障害がある人への現場支援・訪問活動にあたっています。被災地3県に支援に入ったのべ人数は3千人になりました。(6月末現在)
 「ぴーなっつ・えんどう豆」(地域活動支援センター)では混乱の続く中、いち早く作業所を開所させ、送迎も行いながら通所される方々を少ない職員体制で受け入れ続けています。
 地域の方々の多くは避難する中、数少ない残った職員さんもみな被災されており、調子が悪くなってくる高齢の両親の介護をしながらなど、過酷な状況で仕事をされています。
 私達が支援に入っている1週間の間にも「昨日まで働いていた職員さんが今日から避難してしまい、いなくなっている」というような厳しい状況で、急きょ支援者の体制をその日の朝、組み直し現場の支援にあたるような状態でした。福島では地震、津波の大きい被害の上にさらに原発の問題があり、現地では住民の方々の混乱した状況が続いています。
 訪問先では、孫や子どもは避難させて被災地に残り元気をなくして寂しく過ごしておられる高齢の方や、長い避難所生活を余儀なくされている方、避難先である親類の家には長くは居ることもできず、放射能の心配をしながらも、しかたなく家に戻って来ている方など、どの方も大変な負担を抱えながら生活をされています。暑い中でも放射能の心配から家の窓を開けることもできず、学校も閉鎖したままです。
 義援金や東電からの「仮払金」のことでも情報が錯綜していて、「仮払金」という確定していない意味合いの補償金であることから、安心して使って良いのかという思いをもたれていたり、昨日から診療を始めたという精神科病院のワーカーさんからは、「生活保護が打ち切りになることで今この現状で行政的なつながりを絶たれてしまうことに大きい不安を抱く方が多く、手続きをしたくないと言われる方がたくさんいるが、行政からは手続きをするように指導が入るし、本当につらいです。」とのお話もありました。そして、その病院のすべての入院患者さんは他県の知らない土地のあちこちの病院に転院されています。
 地震と津波で家族や家や仕事を失い、原発からの避難についても様々なことが未確定、不確実に揺れ動いているような状況で、現地の住民の方々は安心して生活を立て直すための基盤など、とても見通しももてないままの状態です。 国責、国策としての迅速かつ充分な規模の対策がなければ、人間このような状態のまま長期間、健康に生きられるものではありません。
 福島はとても自然の豊かなところで山も海も温泉もたっぷりで、夜空の星はまさに降るほど・・・本当にとてもいいところだと思います。地元の方は暖かく、言葉も違う私たち県外の者達にも穏やかに話をして下さいました。なんとか1日でも早く、あのお会いした方々が安心して家族と一緒に暮らせるような日々を、みんなで一緒に創りあげたいと想ってやみません。

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