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~地域とともに生きる~
わかやま新報2012年5月3日掲載

災害と障害者問題を考えるシンポジウム
実行委員長 小畑耕作

 昨年(2011年)3月11日の東日本大震災から1年後の3月11日に和歌山市手平のビッグ愛で、「災害と障害者問題について考えるシンポジウム」が開かれました。
 東日本大震災で、多くの障害児者も犠牲となりました。障害者は見えなかったり、聞こえなかったりして、避難指示などの情報が伝わりにくく、手足が不自由な人は、素早く避難することは困難です。助かっても被災後の避難所生活では、障害者やその家族は障害ゆえに困難を背負って生活しているため、その実態を知るために、県内の障害者7団体が実行委員会を結成して開催しました。
 シンポジウムでは、和歌山大学防災研究教育センター長の此松昌彦(このまつ・まさひこ)教育学部教授がコーディネーターを務め、被災地の宮城県や福島県で実際に障害児者の支援に当たった医師などがシンポジストとなり、フロアに150人以上の関係者が参加しました。和歌山では今後予想される南海・東南海大地震などの災害に対して、東日本大震災での教訓を学ぶとともに障害のある人の防災のあるべき姿を話し合いました。
 現地から震災の犠牲者比率は1%であったのに対して、障害者の犠牲者比率は健常者の2倍の2%であったことや、避難所に避難しても厳しい環境におかれたり、状態が悪化したりで、車での生活や数日で自宅に戻ったりした人も多かった実態が報告されました。
 通い慣れた特別支援学校や福祉施設を福祉避難所として機能することが、当事者にストレスが少なくてよいこと、障害の重い人たちの命と関わる医療的ケアでは、日用品や水の他に医療情報の連携(サポートカード)を備えておくこと、人工呼吸器や吸引器等を使用する自家発電機や足踏式吸引器の常備や福祉避難所に個人の災害時使用の医療薬品を数日分預けておくことが教訓としてシンポジストから話されました。
 また、普段から地域の防災訓練に参加することで「この町内会にこんな子がこんな助けを必要としている」ことを知ってもらうなども医師からの報告がありました。
 災害時はつながらなかった携帯電話がその後に力を発揮したことや、他府県の人と日頃からつながっておくことで、変化する必要なものを送っていただいたようです。一番頼りになったのは支援する側もされる側も普段からつながっている人たちであったことから、私たち障害児者関係者が普段から、地域とつながっていることが大きな力を発揮するのだということでした。また、家庭・地域・行政が災害時の備えやマニュアルを福祉目線で見直さなければならないことが早急に求められます。

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