ほっとけやん 第138話

わかやま新報2018年11月1日掲載

きょうされん結成40周年記念映画「夜明け前」

一般社団法人 障害者映像文化研究所 常務理事 中橋真紀人

「我が国十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の他に、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」という鋭い提起を、今から100年前に投げ掛けた東大の精神科教授の呉秀三―その足跡と実績を描いた記録映画『夜明け前』が企画されたのは数年前。藤井克徳きょうされん専務理事から「2018年に、呉秀三の『私宅監置』の報告書が出されて100年になるのに合わせ、映画を考えてほしい」と要請を受け、勉強を始めた。この名言を知っていても、呉秀三という人の詳細は知らなかった…。改めて読んだのが藤井さんと田中秀樹一麦会理事長の共著『わが国に生まれた不幸を重ねないために~精神障害者施策の問題点と改革の道しるべ』で、「麦の郷」に通い出してから13年が過ぎていた(映画「ふるさとをください」の製作の準備から)。そして、田中氏から借りた『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』(復刻版)を読んだ(これは明治の文語体で、とても読みにくい!)。この難しいテーマを担える監督を探していて出会ったのが、今回の今井友樹さんで、まだ30代後半の若いドキュメンタリスト――第1作の長編記録映画『鳥の道を越えて』(2014年)で実力を発揮していた。そこから、現在、形に残っていないものを、どう映像化するのか、スタッフの苦労が始まったのである。

呉秀三の足跡を長年にわたり研究調査してきた精神科医の岡田靖雄先生、「私宅監置」(いわゆる座敷牢)の歴史を研究する愛知県立大学の橋本明教授に教えを請い、資料などを読み解きながら準備を進めた。東京都立松沢病院の齋藤正彦院長にも面談でき、その資料館を特別に撮影させていただくなど、貴重な取材ができた。これは全て、公益財団法人日本精神衛生会のバックアップによるものであり、監修に就いていただいた広瀬徹也・元理事長のお力添えの成果であった。

さらに呉秀三の欧州留学の足跡をゲール(ベルギー)とウィーン(オーストリア)において取材できるという偶然の産物があり、ナレーションを竹下景子さんに引き受けていただいたことも加わり、作品のグレードを上げてくれた。

この地味な記録映画を東京のミニシアターで公開したところ、「監禁事件」報道の影響もあり、予想外の多くの観客が来場。1週間の予定が5週間に延長されるなど大きな反響を呼んだ。今も自主上映の取り組みが全国で進んでいる。

日本の精神医療の流れの中で、これまでの100年を問い直し、これからの100年を改革の方向へ変えていく重要な素材を生み出すことができたのではないだろうか。