ほっとけやん 第193話

わかやま新報2023年4月13日掲載

「みんなはひとりのために」

麦の郷居住福祉事業所 岩名 美歌子

 麦の郷は市内で8カ所のグループホームを運営しています。市内北部に男性7名が暮らしているぽかぽかホーム(仮名)があります。麦の郷のグループホームの中でも障害が重い仲間が暮らしています。

 重度の自閉症、てんかん発作のある山岡さん(仮名)はこだわりが強く、自分の思いを伝えることも難しい仲間です。単語、二語文で伝えてくれることもありますが、体調の変化やしんどさなどは伝えることができません。そんな山岡さんが大みそかの夜発熱し、コロナウイルスに感染しました。

 当直者から発熱があり抗原検査の結果、陽性反応があったと連絡がきました。直ちに管理者に連絡をとり私はホームに向かいました。急患センターで再度検査をしてもらい陽性だったため、アパート形式のグループホームの空き部屋に移動し、管理者が1週間山岡さんと一緒に過ごすことになりました。熱も高く、ぽかぽかホームへのこだわりも強いことから、「ここは病院と一緒だよ。コロナウイルス治るまでここで寝るよ」と本人に分かりやすいように何度も話すも「ぽかぽかホーム!」と高熱で真っ赤な顔をしながら訴えていました。

 麦の郷には障害の種別や程度を超えた多くの方が通ってきていますが、就労継続支援B型事業所は利用者に支給している工賃の平均額で8段階の評価を受け、それにより事業運営にかかる報酬の額が変わり、工賃の額が低いほど事業所の収入が少なくなります。障害が重くてなかなか出勤できない方、作業に取り組むのが難しい方がたくさんいるような事業所では、処理できる仕事量が少なくなり、利用者の皆さんに渡せる工賃も少なくなります。事業所の中には、安定して通所できる方のみと契約したり、障害が重くなり通所が困難になった方との契約を解除したりするところもあり、この状態は、麦の郷が理念として掲げる、「どんなに障害が重くても労働参加を保障しよう」としてきた活動に大きく負担が生じています。本来の福祉サービスは、障害が重くても利用したい事業所で安心してサービスを受けられることではないでしょうか。

 明くる日も一日中「ぽかぽかホーム!」と大きい声で叫び、熱もあってしんどいのに山岡さんの訴えは続きました。これでは本人の精神的ストレスとアパートの近隣に迷惑をかけると、ホームの他の仲間にビジネスホテルに移動してもらい、山岡さんがぽかぽかホームで療養する体制をつくりました。山岡さんは部屋で待機するということが難しいので、他の仲間への感染リスクが高かったためです。他の仲間も部屋でゆっくり過ごしたい中、ホテルに移動してくれました。コロナ禍で旅行に行けていなかったから、「旅行みたいやな」と最初は喜んでくれる仲間もいましたが、慣れないホテルでの4泊5日だったのでストレスもたまったと思います。この状況の中でも当直、日勤さんは少し離れたホテルに出勤してくれ、仲間を守ってくれました。グループホームだけではなく法人全体が仲間を守るために動いてくれました。本当に感謝の気持ちを感じながら、この危機を乗り越えるために全力を尽くすことができました。

 ぽかぽかホームで静養中の山岡さんは1月3日には熱も下がり、今度はリビングでユー・チューブが見たいとの懇願が始まり、いつものユー・チューブが見られるテレビを他の仲間の部屋に移動させていたことから(自身で操作できないことと感染リスクを減らすため)ユー・チューブが見られないテレビを玄関まで運び「シャープ!テレビ!」の連呼でした。山岡さんのそんな言動の中、私は山岡さんの訴える力や成長を感じ、うれしく思いました。ユー・チューブの次は「作業所」に行きたいとの懇願が始まりました。部屋に貼っている作業所の献立表を一緒に見ながら「10日カレーライスの日から」と本人の窮屈感を取り除くための声掛けを何度も繰り返しました。「10からカレー」と山岡さんが何度も言うので「中辛カレー」に聞こえると彼と連日寄り添っている管理者とも話し、すごくほほ笑ましかったです。

 1月6日には皆もホームに帰ってきたので山岡さんも安心したと思います。1月10日にはコロナ感染症も回復して、念願の作業所に行きカレーライスを食べることができました。

 3年以上続くコロナ禍の中、コロナウイルスという言葉は分かってもコロナウイルスや感染症対策について理解ができない仲間がたくさんいます。それもまた仲間の生きづらさであることを改めて痛感しました。これからも仲間といろんな経験をし、仲間からいろんなことを学ばせてもらいたいと思っています。

 そして5月よりコロナ感染症は第2類から5類相当へ移行し、世の中の流れが逆転していきます。しかし福祉施設で暮らし働く仲間には、重症化リスクの高い高齢者、基礎疾患を多くもつ方が多くいます。今後も感染者数や変異株にも注視しながら、仲間の命を守る実践を続けていかなければと思っています。