「麦の郷」創設40周年

わかやま新報 2017年(平成29年)1月19日(木曜日)

さまざまな障害のある人々が働き、生活を送る福祉施設「麦の郷」(和歌山市岩橋、田中秀樹理事長)が3月で創設40周年を迎える。昭和52年に、身体・知的の重複障害者向け施設「たつのこ共同作業所」として出発して以来、さまざまな施設を開設し、平成7年には全国初の精神障害者福祉工場を創設するなど、幅広い悩みに対応できる、総合リハビリテーション施設の実現に努力してきた。活動の歩みや障害者を取り巻く社会の現状などを聞いた。

障害者の現実に寄り添う歩み

麦の郷は社会福祉法人「一麦会」が運営する支援施設の総称で、現在は同市や紀の川市に約30施設を展開している。

和歌山盲学校の教員を務めていた田中理事長(64)や生徒の保護者らは、障害者が卒業後に就職などで差別を受ける状況に心を痛め、受け入れ施設の開設を決意。昭和52年に「たつのこ共同作業所」が和歌山市東長町に誕生した。準備に当たっては、同44年に設置された、ゆたか共同作業所(愛知県)を視察するなどし、参考にした。

開設からしばらくは行政の認可を受けられず、運営資金確保のために廃品回収を行った他、6畳一間の長屋で共同作業を強いられるなど、運営は苦労の連続で、当時の従業員の中には家族から退職を勧められた人もいたという。

その後、同63年に現在地に移転し、平成7年には、全国初となる精神障害者福祉工場「ソーシャルファーム・ピネル」を開設。施設の命名に当たっては、「治療の原点は自由になる」として18世紀末にパリの精神病院で精神障害者を初めて鎖から解放した精神科医フィリップ・ピネルの業績をたたえ、その名前を施設名に取り入れた。

麦の郷が精神障害者についての取り組みを始めた当時を知る関係者によると、昭和60年ごろの国内における精神病院の平均在院日数は、全国平均が500日強に対し、県内は900日を越えており、病室の窓には鉄格子がはめられるなど「合法的な虐待」といってもおかしくない状況だったという。

現在の麦の郷は、不登校やひきこもりの子どもたちを支援する施設、身寄りのない高齢者を対象としたグループホームなども運営しており、約220人のスタッフが約2000人の利用者に対応している。

共同作業所や「ソーシャルファーム・ピネル」では、約10種類のクッキーやパン、せんべいなどの食品や、機械に付着した油を拭き取る布「ウエス」を製造している他、病院で使用する白衣やおしぼりのクリーニングなども行っている。

生活向上へさらに前進
麦の郷 21日にビッグ愛で記念行事

障害者を対象とした就労支援施設には主に、雇用型のA型と授産型のB型がある。A型の方が賃金は高く、厚生労働省の調査によると、平成25年度の利用者1人当たりの平均賃金(月額)は、A型が6万9458円に対し、工賃という位置付けのB型は1万4437円にとどまる。

国民健康保健団体連合会によると、同27年2月時点で、事業所数はB型がA型の約4倍となっており、麦の郷グループホーム・ケアホーム管理者の武田賢二さん(44)は「B型の場合、障害年金を含めても毎月の収入は8万から9万円。家族の支えや生活保護がないと生活は大変苦しい」と窮状を明かす。

県内は障害者の法定雇用率を達成している事業所の割合が64・7%(昨年)と、全国4位の高い水準にあるが、武田さんは「透析治療などで身体障害と診断された人など、途中で離職した人の再就職が多く、施設からの新規就職はなかなか難しい」と話す。就労継続支援施設から一般就労に至った人の割合は、平成25年度でA型が4・9%、B型は1・6%にとどまっている。麦の郷でも、約10年前から障害者就業・生活支援センターを通じて一般就職を支援しているが、思うように就職に結び付くケースはまだまだ少ないという。

武田さんは、麦の郷の魅力を「一般の事業所では、周りに理解者が少なく苦労しがちだが、同じ仲間と一緒にいれば安心して生活できる」と紹介した上で、40年の歴史を振り返り、「いろいろな人に支えられてここまで来られた」と周囲の支援に感謝する。

今後については「利用者の生活の質を向上させることに努力し、家庭にいるようなアットホームな環境をつくっていきたい」と意気込みを語った。

40周年を祝う記念行事が21日午前10時から午後3時まで、和歌山市手平の和歌山ビッグ愛大ホールで開かれる。原水爆禁止運動に長年取り組んでいる安斎育郎立命館大学名誉教授が平和について講演する他、施設の利用者による歌の発表や座談会、施設を紹介するビデオの上映などが行われる。